ご訪問ありがとうございます🙏✨
私は三つ子として生まれ、現在は二児の母として育児に奮闘しています。
私たち三つ子のきょうだいも今ではそれぞれ家庭を持ち、育児に奮闘中!
三つ子
🌸春ちゃん(一番目)
🌻夏ちゃん(二番目・私)
🍁秋ちゃん(三番目)
昔の育児は”修行級”だった
昔の育児って、大変だったよね〜!
なんて言って笑えるのは、今だから。
でも当時は、
笑う余裕なんて一滴もなかったと思います。
無限ループって、本当にあるんだ…。
紙オムツなんて存在しなかった時代
布オムツの地獄ループ
今でこそ、オムツはポイっと捨てられる時代ですが、私たち三つ子が生まれた頃は、もちろん紙オムツなんて影も形もない。
使っていたのは、THE・布オムツ!
洗って、絞って、干して、たたんで、また使う!😂
その洗濯量は、なんと――
物干し竿8本分!!!
いやいや、8本て。
もはや洗濯じゃなくて、フェスの準備。
干しても干しても、終わらない洗濯地獄。
母は言いました。
「オムツを干してたら、日が暮れてたのよね…🥲」
一体、1日何枚使ってたんですか(笑)
(※平均:一人10枚 × 三人 = 30枚/日。そりゃ干しきれんわ!)
母は休めない、三つ子+きょうだいの戦場
三つ子を産んで、ボロボロになった母の身体。
本当なら、ゆっくり休ませてあげたいところ。
でもね、回復なんて待ってられないの!
だって、上にも子どもがいたんですよ!
三つ子「ギャー!ギャー!」
きょうだいたち「ママ〜あそんで〜」
母「……(無言で立ち上がる)」
もう、ママっていうより、修行僧。
それでも母は、どんなに疲れていても、
どんなに眠くても、私たちを放っておくことはなかった。
もちろん、一人では手が回らないときもありました。
そんなとき、周りが手を貸してくれて、みんなで育ててくれた。
あの頃の「子育て」は、
家族の枠を超えたチームプレイだったんですね。
昼間も動き続けた父の奮闘
三つ子の移動は「輸送システム」で解決
そして、忘れてはならないのが父。
昼間だろうが週末だろうが、いつだって私たちのために動いてくれました。
でも問題は、「どうやって三つ子を連れて移動するか」。
当時はチャイルドシートなんてありません。
なので父は、ドライブ術を発明しました💡✨
• 一人をおんぶ紐で背負い、運転席へ
(※リクライニングで調整)
• 二人目は助手席を倒して寝かせる
• 三人目は後部座席へ、ちょこんと配置
まさに、三つ子輸送システム🚛✨
信号待ちになると、歩行者の視線が刺さる刺さる(笑)👀
若かった父はそれが少し恥ずかしかったらしいけれど、それでも毎回、私たちをどこへでも連れて行ってくれました。
「誰かがやらなきゃならない」って、
ただその一心で。
三つ子育児は、両親の「当たり前」だった
今なら絶対できないと言い切る両親
正直言います!
今の私が「三人の赤ちゃんを一度に育てなさい」と言われたら――
自信ゼロです!!!💦
どれだけ育児本を読んでも、どれだけ便利グッズを使っても、三人同時に泣かれたら、たぶんパニックになる💦
父と母に聞いたんです。
「今もあの頃と同じように三つ子育児を出来る?」って。
そしたら「今なら無理。本当に無理。」との返答でした。(笑)
でも、あの頃の両親はそれを「当たり前」のようにやっていた。
しかも、当たり前のように笑顔で。
それって、どれだけすごいことだったんだろう。
本当は泣きたかった日もあったはず
私たちには見せなかったけど、母も父も、こっそり泣いた日があったと思う。
「どうしてこんなに眠れないんだろう」
「これ、いつまで続くの…」
「私、ちゃんとできてるのかな…」
そんな不安や疲労を、洗濯物をたたみながら、ミルクを作りながら、ぎゅっと胸の中にしまっていたのかもしれない。
それでも、
私たちはずっと笑顔で育ててもらった。
いま伝えたい「ありがとう」
今、あの頃を思い出して、私ができることはひとつ。
それは、
「ありがとう」を何度でも伝えること。
布オムツを8本分干してくれた母へ。
三人の赤ちゃんを車に乗せて走ってくれた父へ。
「今、私は元気です。
あの日々のおかげで、今日の私がいます。
ありがとう。」

