三人合わせて「約4.7キロ」 まるでお米のように生まれた三つ子
三つ子サプライズ発覚は出産2日前

🌸一番目に生まれたのは:春ちゃん(1,950g)
🌻二番目に生まれたのは:夏ちゃん(1,230g)(私)
🍁三番目に生まれたのは:秋ちゃん(1,520g)
3分おきに、よいしょ、よいしょ、と出てきました。
おそらく母はそのたびに体力ゲージがガリガリ削られていたのでしょう💦
当時のお医者さんはずっとこう言ってたそうです。

うん、双子ですね〜

…ん?
いやいやいや、実際は三人だったんですけど?
なんと、三つ子だと判明したのは
出産のわずか二日前。
ずっと二人が重なりあっていたせいで、三人目が見えなかったとか。
隠れんぼか?(笑)
現代の医療ならまず起こらないミラクル✨
でも数十年前の田舎町では、そんな奇跡が普通に起きていたんですね。
母の妊娠後期は「戦士モード」へ突入
そんな母のお腹には、5キロ近い
「お米(=私たち)」がぎゅうぎゅう詰め。
妊娠後期には、もう仰向けにもなれず、横にもなれず、
布団を丸めて背もたれにして、座ったまま眠っていたそうです。
まさに寝るにも寝られず状態。
もはや「母」ではなく、「戦士✨」。
父と母の奮闘
階段を登れなくなった母
ところがある日、体が重すぎて階段すら登れなくなり…
なんと父が、母を背負って病院の階段を
登ったんです💦
エレベーター?
なかったんでしょうね。
ていうか、父の体力よ💪…!
三つ子なのに自然分娩!母は3回分の陣痛に挑んだ
現代なら、多胎児出産はたいてい帝王切開。
でも当時はまさかの自然分娩💦
つまり、母は一度の出産で
3回分の陣痛を体験したということです。
3倍の痛み!
3倍の体力消耗!
3倍の「うわああああ!」です。
まさに命懸けの出産!
しかも、出産途中で母は意識を失い、
助産師さんの「がんばって!」という声が、
最後の記憶になったそうです。
医師の宣言「この子たち、助からないかもしれません」
子どもたちは保育器へ、母も危険な状態に
二番目の夏(私)と三番目の秋ちゃんはすぐに保育器へ。
そして母も、命の危機。
お医者さんは父にこう言ったそうです。
「お母さんと、この子たち二人は助からないかもしれません」
…うん。
もう、この一文だけで、涙が溢れますよね🥲
それでも生きた。奇跡そのものの私たち
それでも、私たちは命をつなぎました。
奇跡のように。奇跡そのもので。
こうして、今ここに
「元気すぎる三つ子👶👶👶✨」がいます(笑)
ケンカもするし、いっぱい笑うし、
母に怒られるし。
生きているだけで奇跡
支えられて続く”なんてことのない日々”
あの瞬間、
「当たり前じゃない命」だったんだって、今ではちゃんとわかります。
母があの時、どれほどの痛みと苦しさを乗り越えてくれたのか。
父がどれだけ必死に支えてくれたのか。
私たちが今こうして笑っていられるのは、たくさんの犠牲と、たくさんの「愛」の上にあるんだなぁと。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます🙏✨
なんてことのない毎日。
でも、その「なんてことのない」が続いているのは、生まれた日から、たくさんの人に支えられてきたから。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、
今でも私は、「生きてるって奇跡だな」と感じています。
今日も生きている。
生きてるだけで、丸儲け。

